公開:2022年12月1日

前回の記事のおさらい

AI活用の時代にあっても活躍する人材であり続けるために、社会人として「ビジネス読解力」を高める必要があります。第3回では、読解力を効率的に高めるコツを新井紀子先生にお伺いしました。続く第4回では、実際にリーディングスキルテスト(RST)に取り組まれている企業様の事例とその成果についてご説明いただきます。

▼前回の記事はこちら
読解力を効率的に高めるコツとは

目次
  • 新井紀子先生

    新井紀子先生(以下、新井)

  • LA

    ALL DIFFERENT株式会社
    (以下、LA)

*新型コロナウイルス感染防止のため、十分に距離を取りインタビューを実施しました

*記載されている内容はすべて取材当時のものです

全国に広がる「RST」の魅力と成果

【 LA 】

ご著書『AI vs 教科書が読めない子どもたち』を拝読すると、RSTでは教科書の文章を使って出題されるというイメージがあります。社会人の読解力を評価する際にも教科書の文章を使うのでしょうか。

【新井】

『AI vs 教科書が読めない子どもたち』は対象が中高校生だったので、そう思われる方が多いと思いますが、実はそんなことはないんです。出題は教科書だけでなく、日本経済新聞、三大新聞の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、そして地方新聞、行政文書なども題材にしていますし、少し法律の文章も使っています。

【新井】


▲『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社 ; 2018/2/2)
社会人として必須となる読解力をRSTで確実に測定することができると自負しています。中小企業から一流企業までいろいろな企業が受けていらっしゃいますし、学校の先生、地方公務員の方も受けていらっしゃいます。「採用面接や評価面談では見抜けないところまでRSTで見抜きたい」というニーズも高まっています。

RSTを社員全員で受けていただくと、社員全体の平均レベルもわかりますし、どの部署にどんな人材がいるかということがよくわかります。ですので、例えば新入社員だけ受けてみるというのもいいんですけど、企業全体で受けるというやり方もおすすめです。

経営者が抱える「企業の課題」

【 LA 】

先生は全国で講演会等をされていますが、参加される企業の方からはどういったお悩みを持っていらっしゃるのでしょうか。特に「最近はこういうお悩みが増えた」というようなテーマはありますか。

【新井】

「言われてみれば確かに...」と思っていただける方も多いと思うんですが、大きい企業になるほど、社長や取締役の方が見る文書や書類って、社長や取締役に近い上層部の方がチェックした文書ですよね。直接現場の方が作成した資料を見るとしても、やっぱり社長にわたる書類を作る方って、エースやホープの方が書くようなものばかりになるんですよ。だから、大手の企業の経営者の方ほど「いや、自社の社員はみんな読解力があるし文章力もありますよ」と思っている傾向がありますね。そして「それなのに、なぜか私の伝えたいメッセージを社員は理解してくれないし、企業は理念に近づいていかない」と思っている方が多いです。

一方で、もう少し現場に近い部長や課長といった階級の方からいただくお悩みは対照的です。現場に近い方は部下のスキルや知識量が様々であることをよくご存じです。決してみんな社長が思うほど優秀ではないことも。でも、社長は「うちの社員ならできるだろう」と様々なミッションを言ってきますよね。実際、社員は毎日が多忙すぎてミッションとか考える心の余裕もない...という実感を持たれている部長や課長は多いみたいですね。そうかと思えば、昨今の働き方改革にも対応しないといけない。そういう現実の板挟みにあっていますね。

そんなときにですよ、例えば上から「うちでDXできるところはないのか!」と突然言われて、検討はしてみるけれどなかなか対応が進まない、というお悩みもよく伺います。日々、部下の仕事の手戻り対応や、個人情報保護法や消費者保護法など、どんどん厳しくなる法律に対応するだけで手一杯だ、という方が現場に近い管理職層の方のお悩みとしては多いですね。

「社長が直に企画書や提案書をみる機会がある」企業は利益率が高い!?

【 LA 】

経営層と管理職層の間で、社員のスキル、知識について認識の乖離があるのですね。社長や取締役の方々に自社の社員のスキルや知識、読解力のレベルをきちんと把握してもらうには、どうすればよいのでしょうか。

【新井】

RSTを実施されている企業の中には、社員が作成した週報や報告書などをランダムに選び、皆でそれを直す会をやったりしていますね。そうすると、当然よく書けている週報、ダメな週報、報告書、提案書などが出てきます。

でも、それでいいんです。社長こそ、自社の社員がどのくらいダメな企画書を書いているのかを認識したほうがいい。何が言いたいのか分からない、何を提案しているのか分からない、雲をつかむような話で実際の事業に落とし込めないなど、青年の主張のような企画書が実はたくさんあるというのを見ると「これは改善が必要だ」という話になるんです。

経営層が現場の社員の文書やプレゼンテーションを直に見る機会をつくっている企業に共通している特徴が、ものすごく利益率が高いことなんですね。

個人も企業も「現状のスキルを自覚すること」が大切

【 LA 】

読解力を伸ばすためにはまず自分の読解力の足りない部分を自覚することが大事、というお話(第3回より)と、経営層が社員の企画書を見て「改善が必要だ」と自覚することが大事、というお話は何か通じるものを感じます。ちなみに経営層が社員の能力を直に知る機会を作ることで「利益率が高くなっている」というお話について、何か具体的な事例などはありますか。

【新井】

社長が現場の社員の能力を直にみることでスキル把握をされている取り組みをご紹介します。 多分名前を出していいと思うんですけど、(株)ディスコという、半導体のカッティング事業で世界的シェアをもつ企業があります。ここが行っている社内プレゼン大会がすごいんです。チーム対抗戦でパワーポイント1枚を使って1分で戦うという大会なんですが、これが毎週のようにあるんですよ。そしてこの大会をすべて社長が見ているんですね。

プレゼンの内容は「こうすると生産性が上がる」とか「社内の情報共有が進む」とか、「人事教育が良くなる」とか、文系から理系までいろんなものが出てきます。だから、生産部門の大学院卒の方たちによる半導体カッティング技術についてのプレゼンと、「社内教育と新人採用は2つに分けたほうがいい」という人事部のプレゼンが同じベースで戦っていたりするんですよ。私も見させていただいたことがあるんですが、若手の女性社員による人事部の案件が、稼ぎ頭である生産部のプレゼンに勝つこともあったりして、見ていてとても面白い。勝者にはしっかりインセンティブも設けているので参加者のモチベーションもとても高いんです。

そして、この対抗戦を通して、どの部署の、どの社員に、どのくらいプレゼン能力と読解能力、企画力があるのかというのを社長が全部把握しているんですね。だから、誰にどんな仕事を担当させるかを考える際に無駄が全然発生しないんです。

具体的に言えば、「手戻り」がないんです。社員が行う提案が、お客様だったり上司や経営層の意向から外れにくい。だから「思っていたものと全然違う、やり直し!」という指示がほとんど起きない。当然ですよね。実際に「この仕事ができるスキルを持っている」と確信して仕事を振っているわけですから。やっぱり、経営者が社員のスキルを認識して変わってくるのは「手戻り」が減ることによる「無駄」の削減、ひいては利益率だと思います。




AI時代の今こそ「読解力」のリスキリングを

【 LA 】

面白い事例ですね。でも、たしかに企業が抱える課題は様々ですが、何事にも変化対応ができる社員が誰で、どの部署に何人いるのかを把握しておけば、あらゆる課題にも対応できるということはよくわかります。

【新井】

そうですね、特に今は本当に企業に求められる変化対応のスピードが速い。変化対応しようとして失敗してもいいんですけど、失敗から学ばなかったら本当に市場からの退場を求められるくらいの厳しい世界になりつつあります。「ピンチをチャンスに」とよく言いますけど、労働集約的になっているところで「何とかならないか」と思っているときに、AIで代替していく対応力や、その業務やフローが本当に必要なのかをゼロベースで考える能力が必要だと思います。

ゼロベースで考える際に「ここをAIがやってくれたらいいな...」というだけではSF、神話的な考え方になってしまいます。(第2回を参照)POCに億単位のお金が流れるだけで終わってしまうんです。外部のIT企業にDXを依頼するにしても、頼む側のAIリテラシーも高くないと、うまく着地できません。

「AIのことを知る」ということは「AIのできないことを知る」ということでもあります。けれども、それは人工知能技術の教科書には書いてありません。教科書には基本的に「どうやるか」しか書いてありませんから。Google翻訳が誤訳しそうなところをピンポイントで当てる(第2回を参照)、みたいなことは、個別のAI技術だけでなく、もっと大枠の「AIの仕組み」を深く読み解かないと思いつかないだろうと思います。

AIは確かにこれからの変化対応の時代には必須のツールですが、万能の人工知能ではないということを改めて企業には伝えたいと思っています。

▲同じ課題でも、「読み書き」ができる人材とできない人材とでは結果が大きく異なる


【 LA 】

読解力のリスキリングがそのAI活用人材を生むための最適なトレーニングと。

【新井】

それが第一歩だと思いますね。リスキリングができるかどうかが、採用すべき人材か否かの要になってくるでしょう。「新しいことを学べる」力が変化対応の時代には必要です。

【 LA 】

コロナ禍やDXなど、先が読めない時代だからこそ、読解力があり、新しいことを自分で学んでいける人を育てることが大切なんですね。よくわかりました。