公開:2022年11月17日

前回の記事のおさらい

前回はAIに仕事を奪われないための「ビジネス読解力」の重要性について、新井紀子先生にお伺いしました。かつてはSF扱いだったAIと人の競合は、今や現実となっています。今後も活躍する人材になるには読解力が不可欠。第3回では、読解力の効率的なトレーニングのポイントをお伺いします。

▼前回の記事はこちら
AIに仕事を奪われないための「ビジネス読解力」とは

目次
  • 新井紀子先生

    新井紀子先生(以下、新井)

  • LA

    ALL DIFFERENT株式会社
    (以下、LA)

*新型コロナウイルス感染防止のため、十分に距離を取りインタビューを実施しました

*記載されている内容はすべて取材当時のものです

「読解力」対策は「アセスメント」から

【 LA 】

リーディングスキルテスト(RST)は今、世界的にも信頼性の高い読解力評価テストになっています。読解力強化に向けた取り組みを始める際に「読解力向上に向けた」教育サービスではなく「読解力がどのくらいあるのか」診断するサービスから入られたのはなぜでしょうか。

【新井】

こんなこと、人材育成をされているALL DIFFERENT株式会社さんに言うことじゃないですけど、すべての人に合う研修ってないんですよ、実は。集団に向けて研修をする際、ボリュームゾーンに合わせて研修をするだけでは個々の人の能力を伸ばすにはどうしても中途半端になってしまう。だから「個別指導」というサービスの需要がありますよね。至極当然のことだと思います。個性にあった指導が大事なんですよ。

【 LA 】

そうですね。当社も受講者お一人ひとりの階層やスキル、知識に合わせて必要な育成施策が実施できるように「ビジネススキル診断ツール」 や「300以上の中から必要なテーマを選べる研修サービス」 をご用意しています。


▲『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社 ; 2019/9/6)  

【新井】


▲『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社 ; 2019/9/6)
RSTによる診断の重要性は、自分の読解力で「低い部分」を自覚することにあります。RSTには6つの項目がありますが、たとえば典型的な例として『AIに負けない子どもを育てる』では、係り受け解析と照応解決はできるけれど、その後ができないという私立文系型をご紹介しました。

私立文系型に限らず、どうやってこの20年、30年を過ごしてきたかという積み重ねがRSTには出てきます。

▲能力値を分類ごと測定することで受検者一人ひとりの苦手な能力を可視化できる

すべての教育は科学的検証に基づくべきである

【 LA 】

RSTを受けることで、「私の苦手なことはここなんだ」とわかるわけですね。

【新井】

ええ、まさにそうです。
先日、とても面白い事例がありました。一部上場企業の方で、他の項目はできるのに係り受け解析の評価が1くらいだったんです。あまり見たことがないパターンです。

係り受け解析ができないのに推論やイメージ同定が結構高いので、恐らくこの方は、すごくIQが高いんだなと思いました。もともと情報処理能力や判断力が高く、小学校では意識して勉強しなくても成績が良かったんだと思います。ただ、それに甘えてお勉強をサボって、早わかりするようになってしまったのでしょう。でも、中高になって求められる理解のレベルがぐんとあがって、それですごく間違えるようになって勉強が嫌いになったタイプじゃないかと思ったんです。で、「もしかして、こういう学生生活だったんじゃないか」と聞いたら、その方は「そのとおりです」と言うのです。「新井先生は占いもできるんですか?」と驚かれました。

【 LA 】

そこまでわかるものなんですね。

【新井】

はい。「読み書き」って日々の積み重ねですから。これまでどうやって過ごしてきたかという積み重ねがRSTには出るんです。大人がRSTを受検する意義は、雇用側が社員を評価するというよりは、本人の自覚を促すことにあります。RSTの結果をもとにコメントした際に「ぐさっときた」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、ぐさっとくるということは、自分が抱えている問題がわかるということの現れだと思うんですよ。

「アセスメント」で効率的にトレーニング

【 LA 】

RSTは診断結果が数値で出るため、自覚だけでなく共有もできる点が人気ですね。特に、受検者の上司の方からは「目標が明確になって安心」と言われるそうですね。

【新井】

そうですね。RSTの結果を見ることで、その方の苦手なポイントが本人だけでなく上司の方も分かります。お互いに確認して、「ここを伸ばしていこう」「まずはこの項目の評点を、次回は『2』から『3』(ふつう)に上げることを目指そう」といった目標を立てることができます。

上司の方が部下に感じている代表的な不満の一つに「ミスが多い」というものがあります。ただ、この「ミスが多い」ことの原因がどこにあるのか。本人の性格の問題かスキルの問題かと考えたときに、「性格を直しなさい」というのはなかなか難しいものですし人格攻撃になってしまいます。でも、スキルの問題であると考えれば伸ばしようはあるわけです。「わが社には、君の苦手の克服を支援するためにこういうソリューションがあるよ。だから、それを活用して来年のRSTでは『3』になるように頑張ってみよう」と言うほうが、ずっと問題解決につながると思います。

「ちゃんとしろ!」などの不明確な叱責をするしかなかった状況から「『係り受け解析』の評点が、あと一段評価が上がることを目指して、こういう取り組みをしよう」という具体的な育成施策に変わります。例えば「文書を読むときに、面倒でも一回声に出して読んでみたらどうか」などアドバイスも具体化できます。これ、上司も指導方針がたちますし、言われる部下も「ちゃんとしろ!」よりずっと受け止めやすいと思います。実際、そういうお声をいただいています。

自分の弱点を知ることで、集中的に対策できる

【 LA 】

実際にRSTの結果をもとに目標を立てている方には、どのような変化がありますか。

【新井】

RSTの受検者の方から例を挙げさせていただきますね。そうね...すごく「几帳面な方」っていらっしゃいますよね。ちょっと自分の胸に手を当てて考えてみてください。几帳面さという自分の得意なことを活かして問題解決をしてきて、さらにそれが周りからも評価されてきた方。几帳面さを活かした仕事に徹することで、ある種、几帳面さと違う力が重要視される領域、たとえば「一発勝負のプレゼン」とか「即断即決が必要なリーダー経験」とかを避けてきた記憶がありませんか?RST的にいうと、推論、イメージ同定などを伸ばすために必要なこれらの経験を避けてきてしまった、なんてことが几帳面な方にはよく見受けられます。するとRSTでも、最初の係り受け解析はできるけれど推論ができないという結果が出てきますね。だって、これまでの人生でそういう推論を強化するトレーニングを積んでないから。

勘違いしないでほしいのは「だから几帳面な人はリーダーに向いていない性格だ」ということではないんです。繰り返しになりますが、苦手な理由は性格ではなくてトレーニング不足だからです。対策可能なんですよ。

RSTで自分の結果を見ると、ご本人も「几帳面だけれども、たしかに一歩進んで考えるというのが苦手だな」と感じて、自分の問題が分かってきます。そこで、まぁ極端な話、「一歩考える力が足りないと部長になれませんよ」と言うと、「あ、そうか、自分の得意なところだけをやっていても、この先に進めないかもしれない」ということが分かってきて、「何とかしなきゃ」というインセンティブが生まれます。
問題意識が生まれて取り組みを始めると、大体、半年くらいで成果を自覚できる方が多いみたいですね。しかも、翌年のRSTで実際に推論の結果が伸びてたらどうですか?トレーニングにも一層の楽しみが生まれますよね。

ビジネススキルも診断と教育、実践のサイクルで

【 LA 】

当社でもビジネススキル診断テストをご提供しています。社員の方からは「自分のスキルや知識を自己認識できる」、経営者の方からは「上司が部下の能力を正しく評価することができるようになった」と大変ご好評をいただいております。先生のお話をお伺いすると、やはり、診断、教育、実践のサイクルを作ることが大切なのですね。

▲ALL DIFFERENT株式会社の研修プログラムの「診断、教育、実践」サイクルのイメージ
(ALL DIFFERENT株式会社 伴走型スキル体得プログラム Biz ACTION Programより)


【新井】

そうですね。いわゆるPDCAというか科学的な検証は人を育てるうえでとても大切な観点です。経営者の方は皆さん、「自分の会社をどういう会社にしたいか」という理念をお持ちだと思います。大切なのは、その理念をそのまま伝えるだけでなく、「じゃあその理念を達成するためには、社員にはどのようなスキルが必要か」まで落とし込むこと。そうしたら、そのスキルが今の社員に足りているかを検証していくことで、着実に理念の実現に近づくことができます。

例えば「グローバル」のような抽象的な理念の場合は、それに沿って社員が活動できているかどうかを診断しづらいものですよね。そうした理念と違って、スキルは診断ができます。そして、スキルを上げれば結果的に学力やリスキリング能力が上がります。リスキリング能力が上がれば、自己肯定感が上がりますし、任せられる仕事の範囲も広がります。

【 LA 】

「研修をやったあとの行動が変わらない」「社是やミッションをいくら言っても浸透している感じがしない」といったお悩みを伺うことが多いのですが、企業としては何をすべきでしょうか。

【新井】

ミッションは何度も言われるので「暗記してます」という社員は多いかと思いますが、それと自分の日々の行動をつなげるのは、一個人にはとても難しいことです。それはやっぱり経営側や人事の側で、ミッションと日々の行動がどうつながるのかという道筋を見られるようにしなければならない。それが、社員教育やトレーニングだと思うんですよね。それを社員一人ひとりの責任にしてしまうのはよくありません。そこをつなげるために、企業側が道筋を見せてあげることが大事かなと思いますね。

【 LA 】

その道筋となるのが診断であり、診断すべきスキルは「読み書き」、つまり読解力だということですね。

【新井】

これからの変化対応、リスキリングが求められる社会では、読解力は診断すべきスキルだと思いますね。